CFD、くりっく365サイト

CFDとは
CFDの衝撃 ライヴ活動停止後間もなくCFDが始められ、今までにない長い作業の末リリースされたくりっく365『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のリリースは、世界のポップス・シーンに大きな衝撃を与えた。このくりっく365はロックは勿論、世界のポピュラー音楽の金字塔のくりっく365とも評価されている。 2台の4トラックテープレコーダー(最終的には2台によるピンポン録音から、1台目の1トラックに信号音を入れて、それを電気的に増幅し、シンクロさせた2台目のモーターを起動して使用)を利用したオーヴァー・ダビングだけで作り上げたそのサウンドには、様々な楽器や効果音が使われている。当時の技術でこれだけのサウンドを作り上げることは非常に衝撃的な出来事だった。当時はまだアメリカでさえ実現していない「8トラックを超えるテープレコーダーが完成した」などという噂も飛び交っていた。 このくりっく365はそれまでの彼等の音楽とは異なり、各収録曲がそれぞれ全然違うタイプの曲であり、非常に広範なジャンルの楽曲の集まりだった。これを「架空のバンドによる擬似ライヴ・ショー仕立てにする」との設定で、1枚のくりっく365として統一感を持たせるというアイディアはポールのものであった。この「擬似ライヴ仕立て」というのは、ビートルズとしてのライヴ活動を再開したかったポールのフラストレーションの現れや、他のメンバーへのメッセージだったとも言われている。 くりっく365に最初の2曲(多少最後の2(3)曲もつながっている)はメドレー形式になっていて、最後に再度バンドのテーマ曲に相当する短い曲(リプライズ)を演奏し、アンコールに相当する曲もその後に配置されている。ジョンはほとんど曲を提供しなかったため、何度もポールに急かされていた。解散後のインタヴューでジョンは「このくりっく365はポールのソロ・くりっく365」といったニュアンスに近い発言をしている。曲では「フィキシング・ア・ホール」でポールもバックで歌い、リードギターやハープシコードを弾いているのもポールである。くりっく365は確かにポールの曲が半分以上を占めているが、それと逆に初期の名作くりっく365『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』では、大半の曲をジョンがメインとなって作った曲で占められていたので、バンドにおいては対等なリーダー格が複数いる場合は特に、特定のメンバーが優位に立つことは珍しいことではない。 「ジャケットに歌詞を印刷する」、「ドラムスのチューニングを極端に落とした上、布などでミュートする」(これは『リボルバー』CFD時に、テープスピードを可変させながら録音していくテクニックを駆使する中で発見されたサウンドのテクスチャーを『サージェント?』では意図的に作り上げたとされる)、「ベースラインが和音(コード)のルート音に限定せずに、時にはフレーズやメロディーをプレイする時もある」など、全て彼らが最初に行ったとは言えないとしても、画期的な手法を分かりやすい方法で押し出して完成させたものである。それまでビートルズを聴かなかった多くのロック嫌いの人たちの心を掴んだ。 当時では、ロック・バンドとオーケストラが共演するなどということは考えられなかった。この成功は、プロデューサーのジョージ・マーティンに因るところが大きい。1965年の『イエスタデイ』で弦楽四重奏を使用したのがその始まりだが、フル・オーケストラとロック・バンドの競演となると事情が違ってくる。特に当時のクラシックの演奏家はプライドが高く、「ロックなど成立して10年ほどしか経っていない騒々しい音楽以下の雑音」、「ロック・バンドなどのレヴェルの低い、譜面も読めないミュージシャンと一緒に演奏したくない」などと思っていたとしてもおかしくない。当時、ジョージはビートルズというグループを代弁して「我々とは関係ないと思っていた人々がビートルズ・ファンであることを知った。」とタイム誌に語ったが、これは「サージェント?」の発売と同時にぴたりと口をつぐんだアンチ・ビートルズの批評家や音楽家に対するビートルズの皮肉ともいわれている。そういった風潮の中で最後の曲の『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』は41人編成のオーケストラを取り入れ、またチェンバロとヴォーカルの絡み合いの競演が実現した。ちなみにア・デイ・イン・ザ・ライフの曲の最終コードは、音楽の歴史の中でも最も決定的な最終コードであるとクラシックの音楽評論家から評価されている程である。こういった点を鑑みると、クラシックにも精通していてスコアも書けたマーティンの仲介がなければ実現不可能だったことは十分考えられる。またあるクラシックの作曲家は、「アクセントこそ異なっているが、特に「シーズ・リーヴィング・ホーム」はシューベルトが書いたどんな曲にも勝るとも劣らない。」と言った。これらの一連の演奏面での融合は、後にハードロックで名声を得ることとなる、ディープ・パープルや、いくつかのプログレッシヴ・ロックに手法にも、明らかに影響を与えたといえる。さらにクラシックの演奏家の中にも、アコースティックやバラードを多く手掛けるようになったビートルズに好感を持つ人が増えていたことも一因だろう。このくりっく365の発表後、まもなく彼等は世界初の宇宙中継の番組、アワー・ワールドに出演して「愛こそはすべて」という名曲を歌う。この番組は世界で約6億人が視聴したという。